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SaaSプライシング戦略|料金体系と値上げの進め方

更新: 中村 真帆
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SaaSプライシング戦略|料金体系と値上げの進め方

SaaSの料金設計は、定額制・従量課金・階層型(ティア)・フリーミアムという4つのモデルをどう選ぶかから始まり、そのうえで価格水準と値上げの進め方を分けて考える必要があります。

SaaSの料金設計は、定額制・従量課金・階層型(ティア)・フリーミアムという4つのモデルをどう選ぶかから始まり、そのうえで価格水準と値上げの進め方を分けて考える必要があります。
中村真帆の現場感覚では、MA導入支援やABM戦略設計の相談で料金プランを見直すたびに社内が紛糾するケースの多くが、そもそも値付けを勘に頼っていたことに起因していました。
成長期SaaSでは、コスト基準や競合基準よりも価値基準を軸に据え、PSM分析で支払意欲の上限と下限を見ながら設計すると、価格は感覚ではなくデータで決められるようになります。
値上げも思いつきではなく、目的設定から効果測定までの6ステップで進め、告知タイミングや旧価格の扱いまで含めて設計すれば、収益維持と解約抑制を両立しやすくなります。

SaaSの料金体系4モデルと向き・不向き

SaaSの料金体系は、定額制、従量課金、階層型(ティア)、フリーミアムの4モデルに分かれます。
選び方の起点は「何に比例して価値が伸びるか」であり、利用量なのか、機能差なのか、顧客セグメントなのかを見誤ると、売りやすさと収益性のどちらかを取りこぼします。
国内SaaSの料金ページはホリゾンタル・バーティカルとも8割以上が3プラン以内で、プランを増やせば売れるわけではないことも示しています。

定額制と階層型(ティア)プライシングの違い

定額制は「1価格1プロダクト」に近く、導入時の説明がシンプルで商談でも伝わりやすい設計です。
PMF前の検証では、まずこの単純さが効きます。
だが、機能追加や利用拡大が進んでも価格が動かないため、ヘビーユーザーが増えるほど回収しきれない構造になりやすい。
マーケティングコンサルの現場でも、機能を盛り込み続けた結果、ライトユーザーとヘビーユーザーが同価格になり、収益を取りこぼしていたプロダクトは少なくありません。

階層型(ティア)は、機能数、ユーザー数、サポート範囲などで複数プランを設けるモデルです。
顧客ごとの支払い意思や利用密度の差を吸収できるため、幅広いセグメントを拾いながら収益を伸ばしやすい。
定額制で顧客理解を優先した後に、セグメントが見えた段階で階層型へ移す流れは自然で、実務でもおすすめです。
価格改定の議論では、単なる値上げではなく、どの顧客層にどこまで機能を開放するかを再設計してみてください。

従量課金とフリーミアムが効くプロダクト条件

従量課金は、使用量で単価が確定するため請求金額への納得感が高い設計です。
使った分だけ支払うので、顧客側も「なぜこの請求なのか」を説明しやすく、利用が増えるほど売上が伸びます。
もっとも、月額が読みにくいと予算化しづらく、導入前の稟議で止まりやすい。
データ量、処理件数、APIコール数のように価値指標が明確なプロダクトに向いています。

フリーミアムは、無料プランで母数を広げ、有料プランで容量や機能追加に課金する2段階の構成です。
認知獲得には強い反面、無料ユーザーのサポートコストだけが膨らみ、有料転換が進まない失敗も起きます。
無料と有料の機能線引きが甘いと、無料側で満足されてしまうからです。
転換率が事業の生命線になるため、無料で体験させる価値と、有料に進む理由を最初から分けて設計しましょう。

4モデル比較表:課金軸・メリット・向いている事業

モデル名課金軸メリットデメリット向いている事業
定額制1契約あたりの利用権理解しやすく売りやすいヘビーユーザーから十分に回収しにくいPMF前、まず検証を進めたい段階
従量課金利用量、処理件数、データ量など納得感が高く、利用増と売上が連動する月額予測が難しく、予算化の壁がある利用量に価値が比例する事業
階層型(ティア)機能、ユーザー数、サポート範囲複数セグメントを取りこぼしにくい設計が複雑になりやすい顧客層が分かれ、拡張余地を作りたい段階
フリーミアム無料から有料への転換母数拡大に強い無料ユーザーのコストが膨らみやすい認知拡大と転換設計を両立したい段階

この比較表は、モデル名、課金軸、メリット、デメリット、向いている事業の5列で並べると判断しやすくなります。
ポイントは、料金を安く見せることではなく、価値が伸びる軸と課金軸をそろえることです。
PMF前は定額やフリーミアムでシンプルに検証し、顧客セグメントが見えてきた段階で階層型へ移行するのが定石でしょう。
料金体系は固定ではなく、成長に合わせて進化させる前提で考えてみてください。

価格水準を決める3つの視点とPSM分析

SaaSの価格水準は、原価から逆算するだけでも、競合に合わせるだけでも決め切れません。
成長期のプロダクトほど、コスト基準・競合基準・価値基準を重ね合わせ、顧客が受け取る成果に見合う水準へ寄せる必要があります。
そこを見誤ると、提供価値が高いのに安売りしたまま利益を取りこぼすことになります。

コスト基準・競合基準・価値基準の使い分け

コスト基準は、原価に利益を上乗せして最低限の採算ラインを決める考え方です。
競合基準は、他社の料金表を見ながら市場で受け入れられやすい位置を探る方法で、営業や導入検討の初期段階では目安になります。
ただし、この2つだけで決めると、顧客が実際に得る成果の大きさが価格に反映されにくいので、提供価値が高いABM戦略の現場でも横並びの値付けに終わりがちです。
実務では、競合の価格表だけを見て設定したプロダクトが、後から価値基準へ切り替えたことで単価を引き上げられたケースがありました。
現場ではこうなりがちですが、価格は「売れるか」だけでなく「どこまで取れるか」まで見て初めて設計できます。

価値基準は、顧客が感じる便益を起点に価格を置く発想です。
ここではコストと競合を無視するのではなく、下限と市場感の確認に使い、最終的には価値の大きさで水準を決めます。
成長期SaaSで価値基準を軸に据える理由は明快で、顧客の成功が大きいほど支払余地も広がるからです。
安さで勝つより、成果に対して納得できる価格にしたほうが、収益性も拡張性も確保しやすくなります。

バリューベースプライシングと価値指標(value metric)の設計

バリューベースプライシングは、顧客の成果や利用量に応じて価格が動く設計です。
ユーザー数、取引量、データ量のような価値指標(value metric)を使うと、顧客が多くの価値を受け取るほど自然に支払額も増えます。
値上げ交渉を毎回積み上げなくても、利用拡大そのものが増収につながるため、収益の伸び方が滑らかになるのが強みです。
料金の軸を「何人使ったか」「どれだけ処理したか」に置けると、価格はサービスの成長と同じ方向に進みます。

価値指標の選び方で迷ったときは、3つの条件で見ます。
顧客の成功に比例していること、計測できること、そして顧客が予測・コントロールできることです。
たとえば顧客の売上に近い指標は、価格の正当性を説明しやすい反面、計測が複雑だと請求の不信感を招きます。
ここは単なる理屈ではなく、請求トラブルを避けながら成長を取り込む設計問題です。
顧客が「増えた分だけ納得して払える」と感じる指標を選べるかどうかで、料金体系の強さは変わります。

PSM分析で適正価格帯を可視化する

PSM分析は、勘に頼らず適正価格帯を探るための定量手法です。
顧客に「高いと感じ始める金額」「安いと感じ始める金額」「高すぎて検討しない金額」「安すぎて品質を疑う金額」の4つを尋ね、回答を金額ごとに重ねていくと、上限価格・下限価格・最適価格帯が見えてきます。
初めて実施したチームが、想定より顧客の支払上限が高いことに驚き、保守的に値付けしすぎていたと気づく場面は珍しくありません。
ここで押さえるべきは、思い込みよりも顧客の実感のほうが価格の手がかりとして強いことです。

ただし、PSM分析はサンプルの取り方を誤ると結果が歪みます。
回答者の属性がばらつくと、価格帯の山がぼやけてしまうため、ターゲットセグメントを揃えて集めるのが前提です。
少数でも実際のターゲット顧客に当てれば、机上の値付けより精度の高い判断材料になります。
価格は感覚で決めるものではなく、顧客の声で輪郭を出していくものです。

解約を増やさない料金プランの作り方

料金プランは、解約を増やさないための最初の分岐点です。
選択肢を増やしすぎると比較負荷が上がって離脱しやすくなり、逆に少なすぎると必要な機能や予算感に合う受け皿がなくなります。
だからこそ、プラン数は3前後に絞り、誰に何を渡すかを先に決めておく設計が有効です。
そこに価格心理と拡張余地を重ねると、見込み客は迷いにくくなり、上位プランへの移行も自然に起こりやすくなります。

プラン数は3前後に絞る理由

料金プランは3前後に収めるのが基本です。
少なすぎればニーズの違いを吸収できず、多すぎれば比較そのものが負担になって、問い合わせは増えるのに成約が伸びない状態になりやすいからです。
国内SaaSの料金ページでも8割以上が3プラン以内に収まっているのは、見込み客が判断しやすい粒度に落とし込む必要があるからでしょう。

現場では、5プラン以上に細分化した料金表を3プランへ統合しただけで、問い合わせの質が上がり、選びきれないまま離脱する人が減ることがあります。
細かい差分を見せるより、利用規模や目的ごとに「エントリー」「標準」「拡張」のように整理したほうが、比較軸が明確になるためです。
プラン設計の起点は機能の足し算ではなく、顧客セグメントごとの必要十分に置きましょう。

アンカリングとおとり効果でプラン選択を設計する

価格は並べ方で印象が変わります。
最も収益性の高いプランに『おすすめ』ラベルやデザイン上の強調を置くと、見込み客はその選択肢を基準に比較するようになり、意図したプランへ流れやすくなります。
高額プランを先に見せてから中位プランを配置すると、中位プランが相対的に手頃に見えるため、契約の中心を中位に寄せたい場面でも使いやすいです。

実務の感覚でも、最上位プランを設けたあとに中位プランの契約が想定以上に伸びることがあります。
高い基準が先に立つことで、中位プランの価格が「高い」のではなく「現実的」に見えるからです。
おとり効果も同じで、あえて割高に見える選択肢を置けば本命プランの割安感が際立ちます。
ただし、差が不自然だと不信感につながるので、各プランの機能差に説明可能な理由を持たせてください。

アップセル動線を料金表に組み込む

料金表は受注時点で終わりではありません。
拡張収益の余地を最初から埋め込んでおくと、顧客の成長に合わせて単価が上がりやすくなります。
上位プランへのアップセル、オプション機能、利用量に応じた従量要素を組み合わせると、導入後の利用拡大がそのまま売上拡大に接続されます。
NRRを100%超へ押し上げる土台は、まさにこの設計にあります。

ここで押さえるべきは、将来の拡張を「後から売るもの」ではなく、料金表の中に見せておくことです。
初期段階では必要十分なプランで契約し、運用が進むにつれて上位機能や追加枠に自然と目が向く状態を作るのが理想でしょう。
たとえば利用量が増えたときにだけ発動する従量課金や、特定部門だけ追加できるオプションを置けば、解約を増やさずに収益の伸びしろを確保できます。
おすすめです。

値上げ(価格改定)を進める6ステップ

値上げ(価格改定)は、単なる価格の書き換えではなく、社内の意思決定、顧客への説明、契約運用、そして改定後の検証までを一気通貫で設計するプロジェクトです。
思いつきで進めると営業、CS、法務、ファイナンスの認識がずれ、告知や更新対応の段階で止まります。
だからこそ、最初に目的を言語化し、体制と会議体を決め、改定額の妥当性を検証しながら進める流れが要ります。

Step1-2:改定目的の明文化と推進体制の組成

最初の2ステップでやるべきことは、値上げを「何のためにやるのか」を曖昧にしないことです。
インフラコスト上昇への対応、利益率改善、開発投資の原資確保など、目的が違えば打ち出すメッセージも改定幅も変わります。
営業主導で話を進めた結果、法務チェックが後手に回って利用規約の改定告知が間に合わず、公開直前に延期になった例は珍しくありません。
役割と期限を先に固定しておけば、こうした段取りミスはかなり減らせます。

推進体制では、PdM、営業、CS、ファイナンス、法務を最初から集め、分析、資料作成、顧客告知、契約更新対応の担当を分けておくのが基本です。
キックオフ、レビュー、意思決定日という会議体も先に設計しておくと、途中で「誰が決めるのか」が曖昧になりません。
値上げは社内調整の比重が高い施策です。
だからこそ、担当者の善意に依存せず、進行表と責任範囲を見える化しておくのがおすすめです。

Step3-4:改定額の設計と検証

改定額は、感覚ではなく市場反応を見ながら設計します。
PSM分析で顧客が受け入れやすい水準を探り、価格弾力性で「どの程度の値上げで何%が離れるか」を見ておくと、値上げ幅を決めるときの根拠がぶれません。
大きく一気に上げるより、小幅刻みで検討するほうが社内合意も取りやすく、顧客への説明もしやすいです。
価格は売上だけでなく継続率にも直結するため、短期の増収だけで判断しない視点が必要になります。

検証では、フィーチャーフラッグやA/Bテストで一部顧客にだけ新価格を提示し、契約率、継続率、利用率の差を確認してから全体展開します。
一部顧客への先行提示は、社内の不安を数字でほどく意味もあります。
実際に解約が想定より増えなかったことを確認できれば、営業もCSも顧客説明に踏み切りやすくなるからです。
現場では「上げた瞬間に離脱が増えるのではないか」という心理的抵抗が強いものの、先に小さく確かめるだけで意思決定の質は変わります。
おすすめの進め方です。

Step5-6:告知・契約更新対応と効果測定

告知と契約更新対応は、同じように見えて役割が違います。
告知では予告期間を確保し、変更の理由と適用時期を整理して伝えます。
契約更新のタイミングで新価格を適用し、既存顧客には更新まで旧価格を維持する形にすると、法務面の整合性を取りやすく、顧客心理の摩擦も小さくなります。
告知だけ先に走らせて更新条件が追いつかないと、説明不足として受け取られやすいので、2工程に分けて設計するのが安全です。

効果測定では、改定直後の数字だけでなく、コホートごとに解約率、単価、NRRを追います。
改定前後の契約群を分けて見れば、どの価格帯が維持され、どこで離脱が起きたのかがはっきりします。
価格は一度決めたら終わりではなく、KPIで継続的に最適化していく対象です。
改定後も定期的に見直し、必要なら次の調整につなげましょう。
ここまで回して初めて、値上げは単発の通知ではなく、事業を強くする運用になります。

既存顧客への適用とグランドファザリングの判断

既存顧客に値上げを適用するかどうかは、増収の取りにいき方と解約リスクの受け止め方で決まります。
創業期から支えてくれた顧客まで一律に新価格へ切り替えると、短期の売上は伸びても、信頼の毀損が先に立って離脱を招きやすいからです。
実務では、値上げは「どこまで広げるか」よりも「誰から始めるか」を設計したほうが、結果として安定します。

既存顧客適用の増収効果と解約リスク

既存顧客にも新価格を適用すれば、中長期では単価が底上げされ、同じ顧客基盤からより多くの収益を回収できます。
とくに利用年数が長く、継続率が高い層に対しては、少しの単価改定でも積み上がりが大きくなりやすい。
営業現場でも、長く使っている顧客ほど「今さら何が変わったのか」と見られやすく、説明を尽くせないまま押し切ると、値上げそのものより不信感が残ります。
創業期から使い続けてくれた既存顧客に一律の大幅値上げを通そうとして社内で反対が起き、最終的にグランドファザリングへ切り替えたことがありました。
ロイヤル顧客を守る判断は、売上の一部を先送りする代わりに、将来の解約コストを抑える選択でもあったのです。

グランドファザリング(旧価格据え置き)の設計

グランドファザリングは、既存顧客には旧価格を据え置き、新規顧客だけに新価格を適用する手法です。
SaaS・サブスク業界で広く普及しているのは、値上げの主張を通しながらも、既存顧客の不満と解約を和らげやすいからでしょう。
新規顧客は最初から新しい価格体系で受け入れるため、収益単価は上げられる。
既存顧客には「長く使ってくれた分の配慮」が残るため、関係を壊しにくい。
もっとも、旧価格を無期限で残すと、数年後には旧価格顧客が大半を占めてしまい、値上げ効果がほとんど出ない失敗も起きます。
そこで『旧価格は更新2回まで』『○年後に新価格へ移行』のように期限付きの経過措置として設計し、激変緩和と収益改善を両立させるのが現実的です。

新規のみ適用か全顧客適用かの判断軸

判断軸は、顧客基盤の解約感応度、旧価格顧客の割合、改定で得たい増収規模の3点です。
解約感応度が高く、LTVの大きい既存顧客が中心なら、まずは新規のみ適用から始めるのが。
提供価値が明確に増しているなら、段階的に既存へも適用していく設計に移せます。
既存顧客へ適用する場合でも、『誰に・いつから・どの幅で』をセグメント別に分け、旧価格を一定期間維持する経過措置を挟めば、突然の改定による離脱を抑えやすい。
旧価格据え置きを続けた失敗を振り返ると、判断の遅さよりも、期限を切らずに先送りしたことが傷を深くしました。
なので、グランドファザリングは逃げ道ではなく、移行を設計するための仮設として使いましょう。

値上げの告知と解約を抑えるコミュニケーション

値上げの告知は、価格そのものよりも「いつ、どのように伝えるか」で反応が大きく変わります。
現場では、適用日の2週間前に知らせたことで「一方的だ」という反発が広がり、解約が集中する失敗が起きやすいです。
逆に、告知と準備期間を十分に取り、変更の理由まで丁寧にそろえると、顧客は納得材料を持ったまま次の判断ができます。

告知タイミングと予告期間の設計

告知は最低30〜60日前、理想は90日前に置くのが基本です。
理由は単純で、顧客側にも予算の見直し、社内稟議、代替案の検討という手順があるからです。
急な通知は価格改定そのもの以上に「配慮がない」という感情を生み、不意打ち感が解約の引き金になります。
2週間前に告知して反発を招いた失敗は、まさにこの構造を示しています。

予告期間を長く取る意味は、単に待ってもらうことではありません。
顧客に考える時間を渡し、価格変更を受け入れるか、別プランへ移るか、継続条件を整理するかを落ち着いて判断してもらうことにあります。
ロイヤル顧客や大口顧客ほど影響が大きいため、画一的な一斉通知ではなく、個別フォローを前提に設計しましょう。

値上げ幅の刻み方

値上げ幅は5〜10%程度の小幅に刻むほうが安全です。
現実には、値上げ幅が大きくなるほど解約の心理的障壁は下がり、顧客は「この価格なら別サービスでもよい」と比較を始めやすくなります。
必要な増収を一度で取りに行くより、複数回に分けて漸進させたほうが、既存顧客の離反を抑えながら収益を積み上げやすいでしょう。

ここで押さえるべきは、値上げを会計上の調整ではなく、顧客維持の設計として見ることです。
小刻みな改定は受け止めやすく、社内説明もしやすい。
大幅改定を一回で通すと、価格の絶対額だけでなく「今後も上がり続けるのではないか」という不安まで呼び込みます。
段階的に刻む発想が。

値上げ理由とサービス価値の伝え方

値上げ理由は、サービス向上への投資として伝える必要があります。
新機能、サポート拡充、インフラ増強のような具体的な改善内容と結びつけることで、価格改定は「負担増」ではなく「価値更新」として理解されやすくなります。
サービス改善を伴わない値上げは解約率が最大15%上昇しうるため、価値の更新と同時に告知する設計が欠かせません。

告知メールには、理由、新価格、適用日、問い合わせ窓口を明確に書き、既存顧客への感謝も添えましょう。
旧価格据え置き期間や猶予措置を示せば、顧客は「急に切られた」と感じにくくなります。
実際、値上げと同時に長く要望されていた機能をリリースしたときは、投資としての値上げを実感してもらえたため、解約はほとんど出ませんでした。
告知後の問い合わせに備えてFAQとトークスクリプトを先に揃え、CSが一次対応でぶれないようにしておくと、収益効果も守りやすくなります。

価格改定の効果を測るKPIと法的留意点

価格改定の効果は、値上げ直後の解約数だけでは測れません。
既存顧客の更新、アップセル、ダウングレード、解約まで含めて見たときに、収益が維持され、なお拡大しているかを確認する必要があります。
その中心に置くべき指標がNRRで、改定が利益ではなく売上の質にどう効いたかを見極める物差しになります。

NRR・解約率・Expansion MRRで効果を測る

NRR(ネットレベニューリテンション)は、(期初MRR+Expansion−Contraction−Churn)÷期初MRR×100で算出します。
値上げの効果を測るときにここが軸になるのは、単に「解約が増えたか」ではなく、値上げで失った収益と、既存顧客のアップセルや利用拡大で得た収益を同じ土俵で見られるからです。
現場では、値上げ直後の解約数だけを見て「失敗だった」と早合点しかけたチームが、NRRとExpansion MRRまで確認して純増収だったと分かり、評価の物差しを学ぶ場面が起こりがちです。

ベンチマークも押さえておきたいところです。
2025年のSaaS業界NRR中央値は106%、トップパフォーマーは120%以上で、NRR100%以上の企業は年間成長率48%と低NRR企業の約2倍の速度で成長しています。
つまり、価格改定は単価を上げる施策であると同時に、NRRを押し上げて成長速度そのものを底上げするレバーでもあります。
解約率だけを見ていると見落としやすいのは、価格改定後にアップセルの余地が広がり、結果として全体の収益性が改善するケースです。

コホート分析で改定の影響を分解する

効果検証をもう一段精密にするなら、コホート分析が有効です。
改定前後の契約群を分けて、解約率・単価・継続率を並べると、「値上げで失った顧客数」と「単価上昇による増収」を切り分けられます。
さらにExpansion MRRが伸びているかを見れば、料金表のアップセル導線が機能しているかまで確認できます。
ここで見るべきは、改定の“良し悪し”ではなく、どの顧客群にどんな反応が出たかです。


| 観点 | 改定前コホート | 改定後コホート | 見る理由 |
|---|---|---|---|
| 解約率 | 6.2% | 7.1% | 顧客離反の増減を把握するため |
| 平均単価 | 98,000円 | 112,000円 | 値上げが収益に転化したか確認するため |
| 継続率 | 91.8% | 90.4% | 更新時の抵抗感を測るため |
| Expansion MRR | 1,240万円 | 1,560万円 | アップセル動線の機能を確認するため |

改定は一度で最適解にたどり着くものではありません。
KPI、コホート分析、A/Bテストを回しながら、どの価格帯がどの顧客層に合うかを継続的に見直していく姿勢が必要です。
NRR・解約率・単価を定点観測し、次の改定や料金体系の見直しにつなげるサイクルを回しましょう。

利用規約・予告期間など法的留意点

法務面では、契約期間満了前に事業者から予告期間を設け、更新後の契約から値上げを適用する形が無難です。
顧客に「更新しない」選択肢を残したうえで改定を案内すれば、契約実務上の摩擦を減らしやすくなります。
特に、利用規約に料金改定条項が入っているか、告知方法と予告期間がその規約に沿っているかは先に確認しておきたい論点です。

現場では、利用規約に料金改定条項を入れていなかったために改定告知の根拠が弱く、法務確認に時間を要したつまずきが少なくありません。
ここを後回しにすると、営業やCSが先に動けず、改定の実施タイミングそのものがずれます。
だからこそ、価格改定は売上施策であると同時に、規約整備と社内手続きを含めた運用設計として扱いましょう。
法務と営業、CSが同じ前提を持って進めてみてください。

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中村 真帆

大手マーケティングファーム出身のBtoBマーケコンサルタント。MA導入支援、ABM戦略設計、コンテンツマーケティングの立ち上げを多数手がけています。

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